ドキュメンタリー映画「シリーズ憲法とともに歩む」
 
憲法ー歴史・未来館
  民主主義的政治教育の歴史
高野 哲郎(全民研副会長)

2006/10/05


1 全民研の発足
  全国民主主義教育研究会(全民研)は政治教育の研究と実践の交流を目的とする我が国最初のそして唯一の団体である。1970年に第1回総会を開き、会長古在由重、事務局長高野哲郎を選出し、次の会則を審議決定して発足した。

全国民主主義教育研究会会則(抄)1970年8月11日

  二 目的。 この会は平和で・・・民主的な社会の主権者たる国民の育成を目指す政治教育の研究を行う。
  三 事業。 この目的を達成するために、次の事業を行う。
1 高等学校の「政治・経済」「倫理・社会」を中心とする「社会科」・・・・・・・・・・および小学校、中学校の「社会科」「道徳」についての研究ならびに実践の交流
2 その他、学校における政治教育の研究ならびに実践の交流
3 機関誌「民主主義教育ー政治教育の研究と実践のために」およびその他の図書の発行。( 傍点部分は第1回大会において原案に追加修正された部分)

2 時代的背景 
国際的にはベトナム戦争とその反戦運動の時代である。1973年にパリで開かれたアメリカの戦争犯罪を裁く国際法廷には、会長古在由重が団長として参加し、戦時中の弾圧で痛めた足を引きずりながら、デモの先頭に立って「ニクソン虐殺者」と叫びながらシャンゼリゼの大通りを行進した。古在にとって初めての外国旅行だった。
  国内的には大学紛争が高校にも影響しその機に乗じて文部省が高校生の政治活動を規制する見解を出した。また、高校に道徳教育を導入する教科として「倫理・社会」が新設され、新制高校発足以来社会科の目標として、表現の後退はありながら掲げられ続けてきた「批判力の育成」がついに姿を消した。全民研が短期間に組織を確立できたのは、こうした状況の中で民主主義的政治教育を主たる対象とする民間教育団体の結成が待たれていたのだと言って良いであろう。

3 教育基本法・政治教育・偏向教育
  私は最近の12年間に三つの大学で「公民科教育法」を担当した。「学校で政治教育を行うことは良いことですか、いけないことですか」最初に授業でそう聞くと誰一人答える学生はいなかった。教育基本法第8条政治教育「@良識ある公民たるに必要な政治的教養は、教育上これを尊重しなければならない」こう読み上げてもまだ警戒心は解けない。政治教育イコール偏向教育という刷り込みがあるのである。実は 全民研発足当時、全国の会員の間にもそれはあった。最初の提案は「政治教育研究会」だったのだが、それでは広がらないという声が多く、「民主主義教育研究会」となり機関誌も「民主主義教育ー政治教育の研究と実践のために」という名称に決まったという経緯がある。
  偏向教育については古在会長の明快な規定があった。「偏向と言うからには中心がなければなりません。中心からの逸脱が偏向なのであっていずれの立場や思想からも等距離中立と言うことではありません。そして中心とは憲法・教育基本法です」。教基法改訂与党案には「政治教育」の条文が「公民たるに」を「公民として」と変えるのみでほかは一字一句変えられずに残っている。しかし教基法の根本思想が180度変えられている以上、「として」に規範強制的ニュアンスを感じざるを得ない。もしかりに与党案が成立するようなことがあれば我々は基準を民主主義と言い換えなければならないだろう。

4 発足当時の全民研の考え方
「民主主義教育」創刊号に発足を準備した世話人会は「私たちが目指す政治教育は、何よりも青年の民主的経験を重視し、科学的認識との総合を目指すものである。権力が再び全面的に青年を捉え、その未来を抹殺しようとしている現在、私たちは、国民と共に、いっそう、平和で民主的な社会の主権者、形成者を育成する、国民の側に立った政治教育を推進しなければならない」とのべ、準備会を代表して高野は「民主主義社会の基礎は、その主権者であるところの国民が、社会に対して積極的な関心を持ち、正確な科学的認識を豊かに持つことによって保障されるのだと思います。すなわち、国民のひとりひとりが聡明であればあるほど好ましいのであり、民主主義社会における教育の任務は、まさにそのことの実現にあるはずです」と書いた。やや長いが、こんにちの状況下に民主主義教育を考える際に振り返る意味があると考えて引用紹介した。

5 画期的な意味を持った資料集の刊行
  1980年自民党機関紙「自由新報」は「いま教科書は」と題する教科書批判を連載した。そのなかで古在由重、早川利雄、高野哲郎は名指しで攻撃されている。しかし、ほるぷ社から刊行した全民研編の学習資料集「政治・経済」(1971)「倫理・社会」(1972)については「たいていの高校社会科教科書はこの『資料』の大きい影響を受けている」と記述し評価している。これはもちろん褒めすぎだが、この資料集は、全国の会員が長年教室で積み重ねてきた教育実践の集大成と言って良いものであり、その特徴は具体的な事実、具体的な生活から問題に迫るという姿勢であろう。資料集は全国の現場教師の多くに歓迎され、印税はすべて全民研に寄付されて全民研の財政基盤を安定させた。全民研は創立当初から「多様な実践」を尊重しており、交流と研究の中からそれぞれが自分の個性にあった教育を創造することを目指していた。資料集にもその精神は貫かれている。それは「民主主義」であることの必然であった。こうして「倫理・社会」は教師の数だけ異なる授業があると言われたほど多様な実践が生まれ「官製道徳教育」の狙いを雲散霧消させてしまった。さらに、「憲法の現代的価値をとらえなおし、政治はもちろんのこと、教育や暮らしの中に生かし、日本の社会に民主主義を確立していかねばなりません」という立場から、執筆会員の長年の授業実践の中に蓄積された憲法教育のノウハウがぎっしり詰まった、かゆいところに手の届く副読本「学習の手引きーわかる憲法」(1978)を刊行。これまた好評裡に迎えられた。

6 「政治教育」とは何か
これが実は難問であった。政治学者はいるが政治教育学者はいないのである。私たちの学習・研究と議論の中で作り上げるしかなかった。第4回大会(1973)の基調報告で私は次のように整理した。「まず第一に、民主主義的思想を身につけること。民主主義的人間観の確立が根本になる。第二に、社会科学的認識を育てること。第三に、主権者としての行動能力の育成。以上の3点であります」。そしてまた「教師が民主主義者でなければ、民主主義を教えることは出来ない」ことも強調した。

7 近代民主主義の歴史は、万人に平等な基本的人権の発見とその内実の充実拡大の歴史である。民主主義思想は現実と格闘しながら発展し続けている。全民研も創立以来35年。その道は必ずしも坦々としてはいなかった。現実に向き合う授業と、仮想ゲーム的授業。本音で真剣に議論するのか、ディべートゲームをとるか。さまざまな意見の相違や実践評価の相違をもちながら、今この時代だからこそ、全民研は発展しなければならいと言うことを訴えて小論を閉じたい。 

高野哲郎氏:
1932年東京生まれ。臨床心理学を専攻。大学卒業後、中学教師。後に工業高校に転じ、定年退職後12年間大学非常勤講師。
全民研初代事務局長。のちに副会長。今日に至る。


 
企画:橘祐典、片桐直樹、大澤豊 
第一篇監督・脚本:片桐直樹 90分 短縮版
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